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2014年6月 8日 (日)

日本農業の存在意義

先日、三河トコ豚極め隊の打合せがありました。話題の中心となったのがTPPのことです。情報が開示されていないので今後の見通しはきわめて不透明な状況であり、今度のあり方について議論が行われました。厳しい状況の下、これからの対応策を検討することがますます重要になってきているかと思います。

以前も書きましたが、最近経営指針の勉強会に参加しています。その中で「自社の事業の存在意義」を問われる場面がありました。存在意義が無い事業は継続できない、当たり前のことではありますが、改めて考えると難しい問題です。
時代の変遷で存在意義を無くしている業種はたくさんあります。養豚は果たして存在意義はあるのでしょうか。米国産のトウモロコシを使い、米国の品種を使っていると米国の豚肉と区別が付かず、日本で養豚をする意義が問われます。

養豚に限らず、日本の農業全体が存在意義を問われる時代になっていると思います。海外の農産物と比較すると価格で競争することは難しいのは明かです。食料の安全保障の面からの存在意義を主張する旨もありますが、今の農業が海外の資源に依存していることも事実であります。食料の安全保障を主張するならば、資源投入の少ない農業へ転換することが求められていると思います。
 
私が考える日本農業の存在意義の1つは資源循環です。農業は言わば物質循環のを早める行為です。狩猟採取の生活では確保できる物質量が少ないため人口を増やすことが難しかったのが、農耕を始め物質循環の量を増やすことで多くの人口を養うことができるようになったわけです。
 
当社のビジネスは農業の物質循環を高める行為であり、そういう意味では時代の趨勢に合致し存在意義を見いだせているのではないかと考えています。
 
私が思う日本の農業のもう一つの存在意義は「美味しいこと」です。日本人は美味しいもの食べることに多大なエネルギーを払っており、日本には世界中の美味しいものが集まっています。東京は(お金さえ払えば)世界で一番美味しいものが食べられる街だと思います。
そういう日本人の嗜好に応えてきた日本の農産物は本当に美味しいものがたくさんあると思います。私は美味しさを追求することが日本で農業生産を続ける存在価値になるものと信じています。
 
ただ、残念ながら今の農業は「美味しさ」=農業所得につながっていない部分もあります。
例えば豚肉の格付けは歩留りと重量であり、美味しさの要素は考慮されておりません。味というパラメーターは評価が難しいことは事実ですが、見た目や取扱性を重視し続けることは産業自身の存在意義をスポイルする可能性が高いと思います。格付け=所得であり、所得と美味しさが異なっている結果、美味しくないけど儲かるものの生産が増えているように思います。
格付けにとらわれ美味しさの提供ができない現状に一石を投じるべく、三河トコ豚極め隊でも規格にとらわれないで美味しい豚肉を提供したいという思いから、豚肉のオーダーメードという企画を立ち上げています。
 
 
当社のリサイクル肥料、飼料もただ単にコスト低減や環境保全という意義だけではなく、美味しい農産物を作ることに貢献することで日本の農業のレゾンデートル(存在意義)に貢献できたらと思っています。そしてその結果として私自身が美味しい食品をたくさん食べることができたら望外の喜びです

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